望郷(未来探偵ロクロ その1)

 

 とある平日の午前中。何もすることのないミツオは事務所の窓際にあるサボテンに霧吹きで水を与えていた。窓の外を見る。世界は薄暗く、霧が空間を支配している。

 霧の世界にもランドマークといえるものが存在する。どこにいても見える巨大な構造物は、地上から上空へと光の道を残していた。宇宙へとつながるエレベーター。物資を宇宙ステーションへと運搬している軌道エレベーターと言われるものだ。暇を持て余すミツオは、忙しく働く人々に申しわけない気持ちに襲われる。しかし、そうは言っても仕事はない。

「私にもメンテナンスの経費がかかります」

 エリーは自分の出来る範疇での、ネット営業をしながらミツオに嫌みを言う。

「サンシロー事案での臨時収入があるじゃない」

「たまりにたまった家賃、光熱費、車、私のメンテナンス経費。いつまであると思っているのですか」

「……」

 ミツオは返す言葉も無い。

 そのとき、事務所のドアが開いた。「ロクロ探偵事務所とは、こちらでよろしかったでしょうか」

 年齢50歳ぐらいの髪の短い短髪の男がそこにいた。

 

望郷(未来探偵ロクロ その2)

 

 ミツオはもみ手をしながら立ち上がる。

「親切丁寧、明朗会計、熱意が売りのロクロ探偵事務所はこちらでございます。本日はどういったご用件でございましょうか」

 テンションを上げたミツオには見向きもせず、男はうつむきがちに室内へと歩を進める。ミツオが椅子を勧めると、おずおずと腰を下ろした。

「私、須田 重雄と申します。研究職をしております。依頼は、この荷物をある人物に手渡しで届けて頂きたいのです」

 須田と名乗る男は包装紙に包まれた箱をテーブルの上に置いた。反応に困るミツオは、いつの間にか横に来た、エリーと目が合う。

「なぜ、送らないで手渡しなのです?」

「それは住所の無い場所にいるからです。ここから3日ほど移動していただきます」

「中には何が入っていますか」

 ミツオは用心深くちょいと押しながら聞いてみる。思ったほどの重量は無かった。

「ちょっとした小物と、手紙です。どちらかというと、手紙を届けて欲しいというのが本心です」

望郷(未来探偵ロクロ その3)

 

「言っていることは合っているみたいです。荷物の中身は危険なものではなさそうです」

 エリーがミツオの耳元でささやいた。

 事務所のテーブルにはちょっとした細工が施してある。天板上にあるものの中身を確認できる機械を埋め込んであるのだ。別室のモニターで確認できる。

「須田さん。そうは申されても、はいそうですかと言うわけにはいきませんよ」

 ミツオは腕を組み考え込む。その姿を見た須田が懇願する。

「お願いします。お礼は前金で精一杯させていただきますので……」

 須田は分厚い封筒を懐から取り出した。エリーとミツオは封筒に釘付けだ。ミツオは封筒に手を伸ばした。「今回だけお受けいたしましょう。詳細をお聞かせ願いますか」

「ありがたい」

 須田はミツオの手に封筒を押しつけた。一通りの打ち合わせをした後、須田はよろしくお願いしますと言い、帰って行った。

 ミツオとエリーは須田の背中を見送りながら、須田という男が何者なのか、調べてみる必要があると思っていた。

望郷(未来探偵ロクロ その4)

 

 須田が帰った後、エリーとミツオは依頼内容の検討を行いがてら、道明寺のバーへと場所を移した。バーの扉をあけると、ヘッドホンをつけた道明寺が、何やら夢中で小さな端末をたたいていた。

「それなに?」

 ミツオはカウンターに座りながら聞く。

「不便利を楽しむって興味ある?」

「何それ。質問に答えてよ」

 道明寺がヘッドホンをはずす。

「佐々木も不便利を楽しむに同意してくれて一緒に楽しんでいる最中なの。この端末はモールス信号を送る機械。明日の昼食、何が良いのか聞いていたわけ」

「今日合った依頼人も。もしかしたら不便利を楽しむ一派なのかもしれない」

 ミツオがいつもの人造アルコールを胃に流し込む。胃にぽっと火がつく感覚を楽しみながらエリーに声をかけた。

「車ごと、フェリーに乗りこんでの船旅が依頼です。出発は明後日ですから、いただいたお金で一度メンテナンスに行かさせていただきます」

 エリーも心なしかうかれているようにミツオには見えた。

望郷(未来探偵ロクロ その5)

 

 一晩中飲み明かしたミツオは最悪な体調で目覚めた。エリーはメンテナンスに出かけていないようだ。ぎりぎりと痛む頭を抱えながら、台所へと向かう。

「一応、須田の家でも見ておこうか」

 ミツオは独り言をつぶやいて蛇口から水を直接飲んだ。

 着替えを終えたミツオは愛車に乗り込む。地面をタイヤで走る車はほぼいない。大多数の車は空を飛んでいる。しかも自動操縦で快適に目的地へと運んでくれる。現代では、車を自分で運転できる人間はいなくなっている。

 昨日もらった須田の名刺には肩書きは無かった。ただのエンジニアだと本人が言っていた。名刺の住所を地図帳で調べたミツオはクラッチをつないで走り出した。ここからそうは離れていない。

 立派な一軒家の前でミツオは車を止めた。表札は出ていない。小さな女の子と奥さんが庭の花に水をやっているのが小さく見えた。

「昨日はどうも」

 運転席のミツオは声をあげそうになるほど驚いた。窓をたたいて声をかけてきたのは須田だった。

望郷(未来探偵ロクロ その6)

 

 ミツオは窓ガラスを下げて須田に話しかける。

「ちょっと確認したいことがありまして。ちょうど近所を走っていたもので、もしかしたらいらっしゃるかなと思いまして」

「今日は妻と子供がいますので、家の中はご遠慮ねがいます。依頼の件は妻には内緒なのです」

「ですよね。ひとつだけお聞きしてもいいですか」

「なんでしょう」

「須田さんは、エンジニアとおっしゃていましたが、具体的にはどんな仕事になりますか」

「毎日ミツオさんは見ていますよ。はるか上空へと物資を運んでいるエレベーターの設計及び、運行の管理に携わっております」

「それは驚きました。では昨夜お聞きした日時と場所に、エリーと一緒に行きますので、どうぞよろしくお願いいたします」

 ミツオは偵察に来た事実を取り繕うことで精一杯だった。

「せっかく来ていただいたのに誠に恐縮です」

 須田は申し訳なさそうな素振りでミツオを見送った。

 ミツオが住居兼、事務所に戻るとエリーもメンテナンスを終えて帰宅していた。

「須田はいましたか」

「エリーは何でもお見通しだな。家にいたよ。でも奥さんには内緒の案件と言われた。仕事は軌道エレベーターの設計らしい」

「あれが出来て5年も経っていません。当時、ブレイクスルーの発明があって初めて完成にこじつけたと聞いています。もしかして、画期的な発明に関与しているかもしれませんね」

「そうだな。いずれにしても、ちゃちゃっとやっつけてしまおう。簡単な仕事だな」

 ミツオは夜のとばりが訪れるにつれてまた飲みに出かけようとしていた。しかし、エリーに首根っこをつかまれた。

「昨日飲んだでしょう。今夜はだめです。家で飲みましょう。何が食べたいですか」

「いたたた。分かりました。パスタでお願いします」

 ミツオはエリーにヘッドロックされながらかろうじて答えた。

望郷(未来探偵ロクロ その7)

 

 夕刻間近。約束の埠頭に車を乗り入れた。ミツオ達の乗船するフェリーはすでに停泊している。二人を待ち構えていた須田が近づいてきた。

「時間どおりですね」

「時間厳守がモットーなんでね」

「このフェリーに乗れば良いのですか」

 エリーが須田に聞く。

「船旅といいましたが、こちらの船に乗り込んでいただけますか」

 須田が指し示した方角には、車が10台ほど格納出来るほどの巨大なコンテナを抱きかかえた、空飛ぶカーゴがあった。

「海上を飛んでいくのか」

「そうです。なにぶん定期便の存在しない場所に行ってもらうために、なんとか手配しました」

「約3日間の生活はどうなりますか?」

「ご安心ください。乗客はあなた達だけです。あのコンテナの中は特別仕様になっていて、ガス、水道、お風呂、食材、すべて完備しておりますのでご安心ください。車を中に入れてすぐ出発です」

 係員と須田が車を誘導する。

 係員がコンテナの扉がゆっくりと開く。車を一台固定する場所が用意されていて、扉で仕切られている。ミツオは駐車位置に車を停車した後、車止めにより四個の車輪が固定された。下車したミツオは係員に室内に移動するように促された。

「では、よろしくお願いいたします」

 コンテナの扉が外から閉められる。その隙間から須田が声をかけている。ガチャリと重い音に続いて、ロックされる音がこだました。

 二人は仕方なく部屋へと続くであろう扉を押し開けた。

望郷(未来探偵ロクロ その8)

 

 扉を開けるとそこには、ごく普通のワンルームがあった。しかし、普通、必ずあるはずの窓が無かった。外を確認することは出来ない。浮遊感があり、どこかにむけて移動している事は分かる。依然として正確な状況は分からない。

「私たち軟禁状態ですね」

 エリーが不安げな表情を浮かべている。

「簡単にいうとそういうことだな。まあ、須田の言うとおりするしかない。とりあえず、今日からはちょっとしたバカンスと思わなきゃやってられないな」

 ミツオは部屋を物色する。コンテナ自体の受け渡しを感じる振動があった。それ以降はずっと同じ調子の振動がつづいている。

 冷蔵庫の中にある食材を使って、エリーは料理を始める。高級ワインを見つけたミツオは早速、うきうきと一人飲み始めた。ちょっとしたリゾットを作り終えたエリーは、編み物を始めた。

 二人はそれなりに、この奇妙な状況を楽しんでいるようだった。ひとしきり満喫した二人は思い思いのタイミングで就寝した。

 次の日、ミツオは疑問に思っていることをエリーに聞く。

「どこに向かっていると思う」

「どこって、海外じゃない島にむかっているのでしょう」

 エリーは編み物の手を止めない。

「はたしてそうだろうか」

 エリーは編み物の手を止めてミツオを見た。

「どういうこと」

「進行方向が気になる。島ならまっすぐ海上を飛んでいると思う。でもこの振動は水平移動ではないような気がする」

「水平じゃなかったら何?」

 ミツオは一呼吸置いてから自分の考えを言った。

「上昇し続けているような気がする」

望郷(未来探偵ロクロ その9)

 

「上昇?コンテナを抱え込んでいたカーゴが上へ上へと上昇し続けているということ」

 エリーはミツオのただならぬ剣幕を感じて真剣に考えるようにした。

「どれだけ強力な反重力エンジンでも、重力がなくなってしまう成層圏を突破できないと思う」

「じゃあどういうことなの」

「俺の想像が正しければ、明日、とんでもないことが起きる。俺たちは、島には向かっていない。須田にはめられたのかもしれない」

 ミツオは須田から渡された箱を机の上に出した。

「緊急事態だ。荷物を確認する」

 エリーもミツオの手元をのぞき込む。百貨店の包装紙が巻かれている。繊細な指先の動きで包装紙を破かないようにきれいに開封する。そっけのない、平べったい箱が現れた。ミツオは箱のふたを持ち上げる。するりと開いた箱の中には手紙が一通ともう一つ箱が入っていた。中身はそれだけだ。ミツオは手紙を手に取る。宛名が筆の手書きで「伊集院 銃朗様」と書かれていた。

「エリー、誰だが知っているか」

「いじゅういん じゅうろう。変わった名前。もしかしてあの伊集院でしょうか」

「心当たりがあるのか」

 エリーは自身の記憶を検索する。

望郷(未来探偵ロクロ その10)

 

 目をつむって自身の記録アーカイブを探っていたエリーが、カッと目を見開いた。

「同姓同名でなければ超有名人です。伊集院 銃朗は軌道エレベーターのプロジェクトリーダー」

 両手を広げてエリーは叫んだ。

「やはりそうか」

 ミツオが自身の考えが正しいことを確信した次の瞬間、二人の体が宙を舞い始めた。床に足を下ろそうとしてもなかなか下ろすことが出来ない。

「須田の奴、俺たちをコンテナごと軌道エレベーターに乗せやがった。数日上昇し続けているとしたら、ついにエレベーターが宇宙空間に到達したらしい」

 ミツオは思うように向きをコントロールできない自分の体をもてあましながら話す。

「手の込んだことをしてまで届けたい手紙と小箱に、一体なんの目的があるのでしょう」

 エリーは本格敵に無重力空間を泳ぎ始めた。

「俺はすごく悪い予感がしてきた」

 ミツオは背筋が寒くなってきたような錯覚を覚える。ミツオは冷静になるようエリーにうながしながら話す。

「あと数日はかかるだろうが、必ず上階でエレベーは止まる。その前に手紙はどうする。読むか」

「どうしましょう」

 二人はふわふわと浮遊しながら考える。

 

望郷(未来探偵ロクロ その11)

 

 意を決した二人はテーブルに腰をすえて手紙を開封した。達筆の毛筆の字体が目に飛び込んできた。

(拝啓 伊集院 銃朗殿

 貴君の活躍を地上からいつもながめております。さて、私がこうしてお手紙を差し上げた要件、重々承知の事と存じます。あなた様が取得されました特許案件。あれは私から奪った特許でございます。

 つきましては、その精算および、粛正の意味で、細君と愛娘のお命をちょうだいいたします。

 この手紙を手にするちょうど当日、決行いたします。

 ますますのご繁栄心よりお祈り申します。かしこ)

 二人は青くなった。

「大変なことが書かれている」

 エリーはわかりやすく動揺している。

「エリー、今現在、地上との通信は可能なのか」

 エリーは首を横に振る。

「試したけれど、地上との交信はできなかった」

「そうか。なれば、伊集院の自宅が、エリーの過去の記憶に無いか検索してくれ」

 エリーは静かに目を閉じる。

「伊集院博士は自宅を公開していました」

 エリーが住所を伝える。

「その住所、覚えがあるぞ」

 ミツオは自分の手帳を取り出してページをめくる。

「そこは須田の住まいと聞いて、俺が見に行った家だ。あの家は伊集院博士の家だったのか。ということは、あの奥さんと娘さんは伊集院夫人とその娘」

 ミツオは唖然とする。

望郷(未来探偵ロクロ その12)

 

 小箱の中で小さな光が点滅しだした事実を二人はまだ気づいていない。

 エリーは突然、壁をはがし出した。ミツオは驚くが、エリーは冷静に答える。

「有線で、エレベーターの終点「天空」と話せないか試してみます」

「それはいいアイデアだ」

 「天空」とは、軌道エレベーターの終点。巨大な宇宙ステーションの名前だ。当然、伊集院博士もそこに常駐している。

「やった!アクセスポイントがここにありました」

 エリーは嬉々として自分の手首から通信ケーブルを引き出し、ジャックに差し込む。

「どうせなら伊集院博士と直接コンタクトをとりたいですね」

 エリーは「天空」の内部へと侵入していく。ミツオは思いつきを言ってみた。

「須田の名前を出せば、博士自ら応答するのでは」

「そうしてみます。須田の名前で博士を呼び出してみます」

 エリーは室内にあるモニターに、逆の手首からひきだしたケーブルをつなぐ。現在の進捗状況が映し出された。

「須田君、ひさしぶりじゃないか」 ロマンスグレーをオールバックになめ付けたギラギラした男がモニターに映る。二人は見たことのあるこの男が伊集院博士だと思った。伊集院博士は逆に見たことの無い男とアンドロイドが通信相手ということに気づいて驚く。

「君たちはいったい誰だね」

「その問いにお答えするその前に、ここが軌道エレベーター内からの通信かどうか博士のほうで分かりませんか」

 エリーが率直に一番の疑問点を聞いた。

「君たちは今、軌道エレベーターに乗っている。「天空」に向かっている最中だ。「天空」到着にはあと30時間ほどかかる」

「博士は須田という男をご存じですね」

「須田君と君たちは一体どういう関係かね。須田君は私の弟子だ」

 ミツオとエリーは顔を見合わせる。

◎望郷(未来探偵ロクロ その13)

 

 手紙と荷物を預かった探偵だとミツオは告げた。聞いていた話と違う移動方法だと感じたので仕方なく手紙を読んだことも明かした。手紙をカメラとして機能しているエリーにかざす。ミツオが手紙を読み上げる。文章が進むにつれて伊集院博士の顔色がみるみる変わり、博士は全文を聞き終わる前に言葉を挟んだ。

「これは須田の仕業か……」

「といいますと?」

「君たちの乗っている軌道エレベーターで天空に荷物を上げるには5日間かかる。予定にはない便だ。何が起こっているのか原因究明をしていたところだった。突然、地上にも連絡が取れなくなってしまった」

「手紙と一緒に渡されたこの箱がもしかして何か関係があるのでしょうか」

 エリーが手のひらにのせた箱を博士に見せる。

「中を見てみようじゃないか」

 博士の提言に腹をくくる二人。改めて箱を観察したミツオとエリーは、いつの間にか、箱の中が、かすかに点滅していることに気づいた。二人は箱を机に押しつけるように固定しながら、慎重に包み紙をはがした。そして、箱を開けた。

 まばゆい光を放つ、つるりとした大きな碁石のような金属が中に入っていた。

「それは」

 すべてを理解したかのように博士は言葉を失う。

「分かりますか」

「須田が私のもとを離れる原因になったものだ。あらゆるプログラムに侵入できる危険な発明だよそれは」

 モニターの中の博士は大きな声を上げた。

「それよりも、私の妻子を30時間後に殺すと須田が言っている。地上への連絡手段が途絶えている。復旧の目処は立っていない。なんとかしてくれ」

 博士は藁にもすがる思いで助けを求めた。

「須田との間に何かあったのは事実なのですね……」

 ミツオは博士に問いかけた。

◎望郷(未来探偵ロクロ その14)

 

「軌道エレベータは膨大な重量を支える必要がある。軽く、なおかつとんでもない強度を持つ物質。私は政府からの資金で研究を続けていた。しかし、おもわしい成果はいつまでも得られなかった。いよいよ政府から研究資金打ち切りの打診があった。追い詰められた私は須田の基礎研究を盗んでしまった。須田の研究を私の名前で発表したのだ。しかし発表をもって世界中の研究者が動いた。その事で、軌道エレベーターは完成したのだ。盗んだのは事実だ。しかし妻子の命を奪っても良いという道理はない」

 一通りの告白を聞いたミツオが口を開く。

「命を救う方法を一つ思いつきました。しかし絶対というものではありません。地上への通信手段が無い今、それしかないと考えます。やらせてもらえますか」

 伊集院博士に断る理由は無かった。 協力の同意を得たミツオはエリーと博士に指示を出した。

 その間にも軌道エレベーターは静かに上昇を続ける。

 

 同時刻、地上。

 道明寺と佐々木が肩を並べて夜道を歩いていた。道明寺の足下は心もとなく揺れている。したたかと酔っているようだ。佐々木は転ばないように道明寺の肩を支えている。

「何だが、今夜はずいぶんチカチカするわね」

「何がだ」

「いつもあんなにチカチカしていたかしら。それても私が酔っているからかしら」

「だから何がだ」

 佐々木は道明寺の言っている事が分からなくて声を荒げる。

「軌道エレベーターのライト」

 佐々木は見上げる。

 たしかに上空に伸びる軌道エレベーターの支柱にしつらえてあるライトが点滅を繰り返している。

「どうだったかな」

「うそでしょ」

 驚きながら道明寺はハンドバッグから、あわててタブレットを取り出す。

 ペンを一心不乱に走らせ、書き留める。理解出来ない佐々木はしばらく道明寺を観察していたが、いっこうに止まらない手にしびれを切らせて道明寺に問いかける。

「お取り込み中、恐縮ですが、何を書いていらっしゃいますか」

 道明寺は、佐々木の方を見ずに一点を見据えたまま返答する。

「軌道エレベーターの点滅に意味があるの。あれはモールス信号よ。それに信号を送っているのはミツオとエリーよ」