鬼吉とササ(その1)
夏は終わらない。
日差しは容赦なく鬼吉を襲う。このまま倒れるのではないだろうかと思いながら鬼吉は歩く。
「鬼が鬼退治とは…」
鬼吉は目に入った汗の痛みを感じながらこれまでのいきさつを考えていた。
鬼吉は木の上で昼寝をしていた。体を横にするのにちょうどいい枝振りを見つけた鬼吉は喜々として体を預けた。春の日差しは麗らかで、風が気持ちよい。うとうとしていると幹を駆け上がる生き物の気配を感じた。
「おい、鬼吉」
うっすらと目を開けた鬼吉が声の主を確認する。鬼吉がササと呼ぶ三毛猫の友達が深刻そうな瞳でのぞいてた。
「どうした」
鬼吉は枝を握って体を起こす。ササはすがるような声で鳴いた。
「あんた亡くなった魂は救えないのかい」
鬼吉は目をぱちくりしながらササに問う。
「俺には救えない。俺にはな…」
「その言い方は、魂を救う方法自体は知っているのか?」
「知ってはいるが、その前にいったい何があったのかを聞かせろ」
ササは安心したのか、なめた前足でしきりに顔をあらう。
鬼吉とササ(その2)
「一緒に来て」
ササは素早く頭をまっさかまにして駆け下りると、降り立った地面から鬼吉を見上げる。
「分かった」
鬼吉の方は無様と言っていいほど慎重にゆっくりと降りる。
鬼吉が降りるのを辛抱強くササは待つ。
鬼吉は人里に降りる際に愛用している虚無僧の傘をすっぽりとかぶる。
「こっちよ」とササは歩き出した。
ササの歩く姿は少し斜めだ。
子猫を守るために闘ったカラスにやられた怪我のせいとササは言っていた。
しばらく歩いた先に見えてきた煙だしの出た家を見た鬼吉はつぶやく。
「猟師の五平さんの家だな」
「そうよ」
ササは家を見下ろす丘の上で足を止めた。
鬼吉とササ(その3)
扉ががらりと開く。
六歳くらいに見える男の子が両脇に薪を抱えてよろよろと出てきた。
「おにいちゃん」
後を追って、男の子より少し幼く見える女の子が様子をうかがう。
「危ないから中に入っていて」
「分かった」
女の子は家の中に戻る。
男の子は頭まで振り上げた斧を薪めがけて振り下ろす。
「あの兄弟がどうした」
鬼吉がササに聞く。
「ふたつ鬼って知っている?」
ササは鬼吉の問いには答えずに、幼い兄弟をじっと見たまま口を開く。
「聞いたことはある。自分の背丈と同じくらいの大ナタで何でも真っ二つにする青鬼。ついたあだ名がふたつ鬼」
鬼吉とササ(その4)
「ふたつ鬼があの子達の両親を襲ったのはつい先日。五平が放った弾丸は二つ鬼の片目を奪ったけれど、子供を逃がすのが精一杯だったそうよ」
そう語るササの瞳にはうっすらと涙がうかんでいた。
「二人を黄泉の国から救いたいのか?」
ササは懇願の目で鬼吉を見る。鬼吉はササの視線をはずして続けた。
「黄泉の国を司るのは閻魔大王だ。一度話してみる。しかしよほどのことがなければ、難しい」
鬼吉は言い終わると丘を下りだした。ササはびっくりして後に続いた。
鬼吉とササ(その5)
「五平には借りがあった」
鬼吉はそうつぶやくと、あとは口を開かなかった。自分の気持ちの迷いを振り切るように歩みを止めなかった。
「名前はなんと言う」
背後からいきなり声をかけられた少年は飛び上がって驚いた。
「なんだあんたは」
振り返った少年は咄嗟に斧に手をかけた。
「君のおやじには、昔世話になったことがあった。私は鬼吉というものだ。君の名前を教えてくれないか」
両手に握った斧を少年はおろした。鬼吉の姿をまじまじと観察した後に「大伍」とぶっきらぼうに返答した。
鬼吉は名前を教えてくれて安堵の息をもらした。
「大伍、お父さんはお母さんは残念だった。分け合って正体を明かすことは出来ないが、私が出来る限りのことはさせてもらう」
鬼吉とササ(その6)
「妹の名前は何という」
「メメ」
鬼吉は無言でうなずく。
「ところでおまえたち飯は食ったのか?」
大伍は首を振る。
「少し待っていろ」
鬼吉はきびすを返して、すばやく自分のねぐらに帰るとおひつの中の米で握り飯をつくった。
うまそうに握り飯をほうばる兄妹を見て鬼吉とササは泣きそうになる。
こうして鬼吉は朝と夕方に兄妹のためにご飯を届ける暮らしが始まった。
「大伍よ、米の炊き方は知っているのか」
「知らない」
「そうか、今後の為に教えておこう」
飯を届けるかたわら、鬼吉は大伍に自分が教えられることを教え始めた。
弓の使い方、獲物の狙い方は注力して教えた。
鬼吉とササ(その7)
あっという間に季節はめぐり、一年という時間が過ぎた。
「閻魔に会うのかい」
ササが木の上で横たわる鬼吉に地面から声をかける。
「ああ」
「どうやって会う」
鬼吉はどこまでも青い空の遠くを見ていた。
「この世とあの世の間に閻魔はいる。会うためには一度、俺はこの世からおさらばしないといけない」
ササは鬼吉を見上げている。
「それは死ぬってことかい」
「そういうことだ」
鬼吉はササを見ない。
「だが安心しろ。ふたつ鬼のことも俺なりに調べた。俺には考えがある。あの兄妹にはしばらく留守にするむねを伝えてある。米と味噌と、幾ばくかのお金を渡した。しばらくは二人でも大丈夫だ」
鬼吉とササ(その8)
どうすれば閻魔に会えるのか。鬼吉はこの1年考え続けていた。そして、ひとつの仮説にたどり着いた。
身をあずけていた木の枝を一度しならせて、その反動を利用して、鬼吉は地面に降りてきた。
「ササ。何が起きてもうろたえるなよ」
「どういうこと」
ササは分かりやすく困惑と悲しみの表情をうかべている。
「俺、行ってくるから」
そう言って鬼吉は振り返りもせず駆けだした。
野を越え、山を三つこえ、七日間かけて、鬼吉はある岩山の麓にいた。「ここだ」
鬼吉は二つ鬼のアジトにいた。
鬼吉とササ(その9)
今夜は満月。
あたりの様子は見て取れる。ごつごつとした岩肌に切れ目があり、明かりが漏れている。
鬼吉はその明かりに向かって叫んだ。
「おい、いるか。用がある」
永遠かと思えるほどの沈黙が続いた後、ひたひたと裸足の足音が聞こえた。
軽やかな音。
岩肌の切れ目から、顔だけをだして覗く。
顔面はぬらぬらと青く光っている。 両の眼で鬼吉を見ていた。
鬼吉は感じた。
やつが二つ鬼だ。
しかし、鬼吉を確認すると、すぐに顔を引っ込めた。
鬼吉とササ(その10)
鬼吉は二つ鬼の意外な反応に戸惑いを隠せない。奴は訪れるすべてに人物に死を与える行動を取るのでないのか。鬼吉は再び声をかける。
「お前は二つ鬼と呼ばれている鬼だろう。聞きたいことがある」
静寂と、沈黙が鬼吉の前を通り過ぎる。らちが明かないと判断した鬼吉は光のもれる入り口へと足をすすめる。油断なく、少しずつ顔を洞窟に差し込んだ。明るさに目がくらむ。
その直後、壁に張り付いている二つ鬼と目が合う。巨大なナタが鬼吉へと振り下ろされた。
二つ鬼の目は笑っている。
鬼吉とササ(その11)
鬼吉は目を覚ました。横になったまま目だけで辺りをうかがう。どこまでも見渡す限り白く、何もない世界がそこにあった。
想像とは違うが、おそらくここが「あの世」なのだろうと鬼吉は感じた。
閻魔に会うために覚悟はしていたが、ここまで「二つ鬼」になすすべがないとは思わなかった。舌打ちの後、くちびるをかみしめ、鬼吉は立ち上がった。どこに向かえば良いのかも分からないまま、とりあえず一歩、足を踏み出す。
「待て」
鬼吉は背後から誰かに呼び止められた。
鬼吉とササ(その12)
振り返った鬼吉は心臓を掴まれるほどの衝撃をうけて、悶絶する。
死ぬ間際に見たあいつ。
巨大なナタを振り上げ、暗がりで目が合った「二つ鬼」がそこにいた。「ここはどこだ、おれはどうなった」
鬼吉はそう口にするのがやっとだった。
「ふたつの質問をひとつにするのは、あまり感心しない。説明は難しいが、ここはあの世とこの世の中間地点。階段の踊り場のような場所だ」
「俺は死んでいないのか」
「どうかな。でもチャンスがないわけではない。それは閻魔に会うチャンスでもあるし、俺の提案でもある」
二つ鬼があの笑顔を見せた。
鬼吉とササ(その13)
「ところで閻魔に用事があるのだろう」
「そうだ」
「あの子たちの親か」
二つ鬼は意外に思えることをさらりと言った。
「言っておくが、閻魔にはできない」
鬼吉は瞬間的に落胆し、目の前が暗くなった。
「できるのは俺だ」
二つ鬼が続けた。
「閻魔でもできないことなのに……という事は、もしかしてお前の方がえらいのか?」
「そうだ。ちなみに親を襲ったのは俺ではないし、お前を襲ったのも俺ではない」
「じゃあ、あいつはいったい誰なんだ」
鬼吉は自分が一年を費やして調べ上げた情報に自信を失いつつあった。
鬼吉とササ(その14)
「あいつは一体誰なんだ」
目の前の二つ鬼に鬼吉は聞いた。
「分からない。自ら下界に降りて討伐に向かっても、あいつは姿を消す。俺はうわさでしか聞いたことがない。見たことがない。そしてあいつを見たものが俺を見ると、同一人物だと言うのだ」
二つ鬼は自分の爪を見つめながら、鬼吉に背中を見せた。
「ひとつ相談だが、お前の望みをかなえてやろうか。そのかわりこちらの望みも聞いてもらうがどうだ」
鬼吉とササ(その15)
鬼吉は二つ鬼の背中に向けて話す。
「そのためにここに来た俺が、申し出を断る訳がない。あいつの討伐か?」
二つ鬼は鬼吉に向き直って、我が意を得たりと口を開いた。
「そうだ。あいつの行いのせいで俺の立場が危うくなっている。俺ではないと言っても誰も聞く耳を持たない」
「それはそうだろう。俺はどうすればいい」
鬼吉は思案しながら二つ鬼に聞く。
「閻魔の所に案内する。下界へいくには誰もが必ずあいつの門を通る必要がある」
二つ鬼は指をパチンと鳴らした。
鬼吉とササ(その16)
指を鳴らした直後、二つ鬼の指先から青い煙が立ちこめる。
煙は見る間に全身を包み込み、鬼吉まで煙に飲まれる。
視界はすべて青一色になった。
「ここで俺は一度姿を消すが、この煙が無くなれば、下界へと続く門の前にお前は立っている。そこに閻魔もいる」
二つ鬼は、そう言い残して消えた。
青色の煙は徐々に薄れていく。視界がはれるにつれて、世界は一変していることに気づく。
空は赤色。
絶え間なく雷鳴が轟いている。
巨木と同じくらいの大きさがある重厚なドアだけが目の前にある。
ドアの前にはスーツを着た貧相な男が立っている。
鬼吉とササ(その17)
目の前の男は細長い男だった。肩幅は狭く、なで肩。手足が異様に長い。着衣は、ぴったりとした鮮やかな青色のスーツを身にまとっている。きょろきょろと辺りを見回す鬼吉に、その男が話しかける。
「待ってましたよ。鬼吉さん。あなたが探している閻魔は私です」
鬼吉はいぶかしがりながらも敬意を表して口を開く。
「あなたが閻魔大王ですか。想像とは少し違いました」
閻魔大王を名のるその男は右手をみぞおちの辺りに差し込み、しきりにさすって答えた。
「ええ、よく言われます」
鬼吉とササ(その18)
「さあ、下界へと続く扉です。行かれるとよいでしょう」
閻魔は優雅な仕草で後方を指し示す。巨大な扉が音も無くゆっくりと開いていく。
「待て、俺の目的は本当に知っているのか」
「ええ、不遇の死をとげた両親の復活でしょう」
「できるのか?」
鬼吉は開いた扉へと足をすすめる。「まずは二つ鬼の要望を叶えることが先決です」
閻魔はあいかわらず右手でお腹をさすっている。
すれ違いざま、閻魔の口元が笑っている気がして、鬼吉は一抹の不安を覚える。だが、行くしか無い。
鬼吉とササ(その18.5)
扉のむこうに足を踏み入れた鬼吉の顔に風が当たる。懐かしいにおいがする。青空が広がっていた。その瞬間、足下の接地感はなくなり、体が落下する。木の枝が何度も体に当たる。大きなしなりとともに、木の葉で鬼吉の落下は止まった。
「鬼吉!無事だったのね」
鬼吉の帰りを木の側で待っていたササはもう泣きそうになっている。
「無事ではない。そして二つ鬼ではない二つ鬼を成敗しなきゃならない」
「どういう意味か分からないけど、とにかくよかった」
いつもは登ってこないササは鬼吉のおなかに飛び乗ってきた。
鬼吉とササ(その19)
「ササ、元気だったかい」
「私は元気だよ」
ササがおどけてごろりと回転する。
「そうかい、それはなによりだ」
鬼吉はササをひざから下ろすと、早速出かけようとする。
「どこに行くのさ。あの子達に会って行きなよ」
ササは鬼吉の袴に爪をたてる。鬼吉はそんなササを見てしゃがみ込む。
「ササよ、今日は遠くから見ておくだけにする。まだやぼ用の真っ最中なんでな」
鬼吉は立ち上がり走り出す。ササもついて行く。
小屋を見下ろす丘の上で二人はしばし立ち止まる。大伍とメメの兄弟は外に出て、七輪で魚を二尾焼いている。二人は笑っている。
「大丈夫そうだ」
鬼吉は一人うなずいた。
ササもにゃーと鳴いた。
鬼吉とササ(その20)
鬼吉は子供達を眺める視線でササを見る。
「お前はここで待て」
「いやだ。きっとここに至るまでの間で鬼吉はひどいめに合っているに決まっている。力になりたい」
ササは真剣なまなざしで鬼吉を見上げる。
「お前のことはよく知っている。こうなったら何も聞かない。好きにするさ」
鬼吉はしゃがんでササの頭をなでる。
「本当に危なくなったら、逃げるのだぞ」
鬼吉は一言つけくわえる。
鬼吉とササ(その21)
二つ鬼の洞窟に着く頃には夕暮れ近く、夜の闇が迫っていた。鬼吉は暗闇にまぎれて入り口に近づいた。今回は正面からではなく、裏に回る。ササも匍匐前進で鬼吉の後に続いている。
洞窟の側面には煙出しの穴が開いていて煙が昇っていた。
「奴が何かを煮炊きしているな」
「私、あの穴から中に入ってみる」
鬼吉はぎょっとする。
「中にはいってどうする?」
「いろりにかけてある物をひっくり返すわ。きっと煙が室内一面に立ち上って大変なことになると思う」
ササの決意は固い。
鬼吉とササ(その22)
ササは見る間に岩肌を登っていく。煙の出ている穴にするりと身を滑り込ませていった。鬼吉は祈るような視線を残して入り口に向かう。
ササは頭を下にして慎重に煙り穴を下りる。目をしばしばさせながら、室内をそっとのぞき込む。いろりには鍋がさげられて、湯がわいているようだった。ぱちぱちと燃えている木がはぜる音が室内に響いている。
二つ鬼は室内にいた。
だが、不思議なことに壁に背をぴたりとつけて廊下から身を隠している。
(いつも何かに警戒している暮らしが普通なのかしら。恐ろしい奴だ) ササはそう思った。
鬼吉とササ(その23)
鬼吉は別れる前にササに伝えていた。
「ササのタイミングで囲炉裏の鍋をひっくり返してくれ」
二つ鬼は入り口に忍び寄る鬼吉の気配にすでに気付いているようだった。壁から背を離し、一歩、二歩と歩み出している。
ササは音も無く、床に降り立つ。
鬼吉がすぐそばにいるだろう入り口に二つ鬼が到達するまであと二歩。ササは床に転がっていた置物を、鍋めがけて蹴り込む。
瞬間、ひっくり返った鍋から湯が囲炉裏にぶちまけられる。もうもうと煙があがった。二つ鬼が鬼の形相で振り返る。煙の中にいる自分の姿がばれているようにササは感じた。恐怖でその場から一歩も動けない。
鬼吉とササ(その24)
二つ鬼が室内に体ごと振り返った。 その背を確認しながら鬼吉は渾身のドロップキックをお見舞いする。
二つ鬼はしまったという表情をうかべながら前方にもんどり打つ。
巨大なナタは手から離れた。ナタが壁に当たる金属の音が反響する。鬼吉は着地した後、その勢いで二つ鬼に迫る。鬼吉は家から持ってきた布団袋を二つ鬼の上半身にすっぽりとかぶせた。鬼吉は駆けつけたササに縄を投げた。ササは空中で縄を器用にくわえた。
鬼吉は暴れる二つ鬼を袋の口でぎゅっと閉めながら、下半身を蹴りつけてひざをつかせる。
二つ鬼は、縄で縛られながらわめいている。
鬼吉とササ(その25)
「そこまでで結構だ」
鬼吉とササは背後からの突然の声にとびあがって驚く。振り返るとそこには本物の二つ鬼が閻魔と一緒に立っていた。しかし閻魔は苦痛の表情を浮かべている。二つ鬼が閻魔の手を後ろでひねり上げているためだった。
鬼吉とササが押さえつけていた二つ鬼はおとなしくなり、ぐったりと横たわった。動揺する二人の前で二つ鬼の色彩がうすくなる。地面が透けて見える。自分の目がおかしくなったのかと確かめる意味で二人は目をこする。
そうこうしているうちに横たわる二つ鬼の偽物の姿がきれいに消えた。
鬼吉とササ(その26)
鬼吉とササは何が起こったのかまったくわからない。ただ閻魔と二つ鬼にだまって視線を送ることしか出来なかった。
「俺が偽物を見つけられない理由がやっとわかった。門番の閻魔がそいつを生み出していたのだからな」
「どうぞ、勘弁ねがいます」
閻魔はがっくりとひざまずいて手をついた。
「どういうことでしょうかね」
鬼吉は二つ鬼と閻魔の前に立つ。
「私の失脚が閻魔の望みらしい」
鬼吉とササ(その27 おしまい)
二つ鬼の声が遠くになっていく。(何もするな…とはどういう意味なのか…)
鬼吉の思考もうすれていく。
気付くと鬼吉は、木の上で横たわっていた。気持ちのいい風が吹き抜ける。ササは鬼吉の胸の上で眠っている。
ササが目を覚ます。
「私、眠ってしまったみたい」
目覚めののびをしながら、ササはあくび混じりに言った。
「ササ、さっきの話はどういうことだと思う」
「さっきの話ってなんだ」
「覚えていないのか。二つ鬼と大伍とメメの兄弟」
「何のことにゃー。大伍とメメならお父さんとお母さんと一緒に暮らしているにゃ」
「今もか」
「今もにゃ」
きょとんとしているササを自分の胸から下ろして、小屋の見える丘へと鬼吉は走った。
息を切らして鬼吉が丘の上から見た光景、それは…何事も無く、家族が幸せそうに遊んでいる風景だった。
大伍とメメが笑っている。
その笑顔を見て、鬼吉はすべて理解した。
安心した鬼吉は思わず座り込む。 追いついてきたササが不思議そうな表情で鬼吉を見つめている。
ササの頭をなでながら、鬼吉はササには折を見てゆっくり話そうと思った。